ホルモン補充療法で前立腺がんに?

ホルモン補充療法はいいことずくめのようですが、外からホルモンを入れて、副作用は大丈夫なのか、と思われる方がいるかもしれません。

実は、いくつか指摘されている「問題」があります。

二O一四年に、日本人科学者の「青色LED」研究がノーベル物理学賞を受賞するといううれしいニュースがありました。

泌尿器科にも、一九六六年にノーベル生理学・医学賞を受賞したチャールズ・ハギンズという米国の医師がいます。

この方の研究したのが「前立腺がんと男性ホルモンの関係」でした。

ハギンズ先生は、前立腺がんは男性ホルモンによって成長することを突き止めたとして、「男性ホルモンを分泌する精巣を手術で摘出する(去勢する)ことによって、がんが改善する」と発表したのでした。

ノーベル賞受賞者の発表ですから、影響が小さいはずはありません。

今でもこの論文を根拠に、テストステロン補充療法を跨陪する医師はいます。

実は因果関係は証明されていない?

しかし、最近の研究では、男性ホルモン補充と前立腺がんの因果関係を否定する結果が出ています。

ホルモン補充療法でテストステロンの血中濃度は高まるものの、前立腺への影響はほとんどなかったというのです。

では、どうして男性ホルモンが「疑われ」たのか?ハギンズ先生の一九四二年の論文、一読してみると、驚くべき内容であることが分かりました。

「男性ホルモンの投与が前立腺がんを引き起こす」と断言しているのですが、症例数がたつたの3例ととても少ないのです。

もう半世紀以上前の論文ですが、現代ならこのままではとても通用しないものと思われます。

前立腺がんは、米国人男性が最も多くかかるがん種であるため、大きな注目を浴びたのかもしれませんね。

ただし、だからといって、男性ホルモンと前立腺がんの関係がまったく否定されたわけではありません。

その可能性は低いものの、最終結論を得るためにはさらに検討を要するというのが現状だ、と私は理解しています。

ともあれ、「権威」を意識するあまり、事実が歪められてしまうとしたら、それは問題です。

思い込みを戒め、常に検証を怠らずに新たな知見を獲得するための努力が必要だ、とあらためて考えさせられる事例でした。

男性ホルモン補充療法の副作用

男性ホルモン補充療法の副作用に関しては、最近、「心筋梗塞のリスクを高める」という意見にも出くわしました。

二O一四年五月、私はアメリカ泌尿器学会(AUA)に参加しました。

そのデイベートのセッションでテーマになったことの一つが、「男性ホルモン補充療法は、本当に是なのか」。

そこで、反対派がそのように主張したのです。

そう言われて調べてみると、確かに少なくとも1つは、男性ホルモン補充後の心筋梗塞リスク上昇を示唆した論文のあることが分かりました。

男性ホルモンの働きで血中のヘモグロビン濃度がアップし、「血が濃くなりすぎる」というのが理由でした。

でも、一方で男性ホルモンはコレステロール値を下げるため、高脂血症が改善して心筋梗塞リスクを低下させるとのこと。

ややこしいこと、このうえありません。

詳述は避けますが、リスクを指摘した論文にも問題があり、「現時点では、テストステロン補充療法と心筋梗塞の因果関係を認める事実はない」と考えるのが正確でしょう。

デイベートの結論は、結局「それぞれの患者さんをしっかり診察し、必要だと思われる人には適切に投与していきましょう」というところに落ち着いたのでした。